七尾「青柏祭」のでか山が呼び覚ます湊町の誇り

大地を軋ませる七尾「青柏祭」のでか山が呼び覚ます、湊町の誇り

五月の初風が能登の海を渡り、城下町・七尾の細い路地に吹き込むころ、町は
緊張感と熱気に包まれます。

遠くから地鳴りのように響いてくるのは、ギギギ、ミシミシという木と木が激しく擦
れ合う音。見上げる先には、民家の二階の屋根を軽々と越え、電線をすれすれにかわ
しながら進む、圧倒的な質量を持った「山」――。

石川県七尾市で毎年5月3日から5日にかけて執り行われる「青柏祭(せいはくさい
)」。
大地主神社(山王神社)の例祭であるこの祭りを象徴するのが、大きさを誇
る巨大な曳山「でか山」です。

高さ約12メートル、現代の重機すら圧倒するその怪物が、釘を
一本も使わずに藤蔓(ふじづる)と縄だけで組み上げられ、人々の力だけで町を練り
歩きます。なぜ七尾の人々は、これほどまでに巨大な山車を曳き続けてきたのか。そ
して、なぜ見る者の心をこれほどまでに揺さぶるのか。その思いへと分け入ってみま
しょう。

湊町の栄華を誇示する、釘を使わぬ「動く芸術」

でか山を初めて間近にしたとき、誰もがそのスケール感に言葉を失います。直径
2メートルを超える巨大な車輪の上に組まれているのは、末
広がりの独特な舟形の構造。その上に豪華絢爛な歌舞伎の名場面を再現した人形が据
えられています。

この巨大な構造物を支えているのは、現代のボルトや鉄骨ではありません。職人たち
の手で編み込まれた藤蔓と藁縄です。金属でガチガチに固めてしまえば、二十トンも
の重量が動くときの「ねじれ」に耐えきれず、かえって折れてしまう。あえて縄で縛
ることで「遊び」を持たせ、構造全体をしならせて衝撃を逃がすという、先人たちの
驚くべき知恵が息づいています。

歴史を紐解けば、七尾は古くから天然の良港として栄えた日本海屈指の湊町でした。
北前船がもたらした莫大な富と、他国に負けない気概。でか山は、単なる神事の道具では
なく、七尾という湊町が生んだ反骨と美意識の結晶なのです。

極限の緊張が走る瞬間――路地をねじ伏せる「辻回し」

青柏祭における最大のクライマックスは、間違いなく「辻回し(つじまわし)」で
す。

直進するだけでも大人が百人単位で力を合わせなければならない二十トンの巨体を、
直角の狭い角で方向転換させる。当然、ハンドルなどありません。使うのは、巨大な
樫の木の棒(梃子/てこ)と、引き手の男たちの呼吸、ただそれだけです。

交差点に差し掛かると、祭りの喧騒が一変して静寂に包まれます。
車輪の下に「大木(だいぼく)」と呼ばれる特殊な梃子が滑り込ませられ、前輪をわ
ずかに浮かせる。若衆たちが梃子の上に乗り、体重を一気に預ける。「せーの!」と
いう合図とともに、後ろから横へと綱が引かれた瞬間、巨体がズズズッと
大地を削りながら横滑りします。

摩擦によって立ち上る焦げた木の匂い。悲鳴を上げる車輪。家々の軒先との隙間は、
わずか。少しでもバランスを崩せば大事故になりかねない極限の緊
張感の中、車輪がピタリと目的の方向を向いた瞬間、張り詰めていた空気が爆発し、
地鳴りのような歓声と拍手が町中に響き渡ります。

この辻回しを成立させているのは、単なる力自慢ではありません。梃子を操るベテラ
ンの眼力、山の上から全体を見下ろす指揮者の判断、そして綱を引く町衆の完全なる
同調。個々の力が一つに束ねられ、巨大な質量をねじ伏せる瞬間は、見
ている側の身体まで熱く震わせます。

「引手」として大地を踏みしめる、五感の記憶

青柏祭の素晴らしい点は、観光客であっても綱を握り、この巨大な歴史の一部になれ
ることです。

「エンヤ、エンヤ」という独特の木遣り(きやり)の掛け声に合わせて、太い麻綱を
握りしめ、腰を落とす。合図とともに踏ん張ると、最初はビクともしなかった綱が、
ぎしりと軋みながら掌に食い込んできます。周囲の男たち、女たち、子どもたちの声
が重なり、やがて二十トンの山が、まるで意思を持った巨大な生き物のように「ヌッ
」と動き出す。

その瞬間、足の裏から伝わってくる大地の微振動は、一生忘れられない感覚になりま
す。
自分が引いているのか、それとも巨大な力に引き寄せられているのか。個人の輪郭が
曖昧になり、町全体という大きな生命体の一部になったような高揚感。

見上げるでか山の上では、、大人たちが扇子を振って鼓舞する。世代から世代へと受け継がれてきた町の鼓動が、自分の腕を通して直に伝わってくるのです。

揺らぎ、軋みながら、それでも前へ進む

現代社会において、効率や安全性ばかりが優先されるなか、青柏祭のでか山は驚くほ
ど不器用で、危険で、そして圧倒的に美しい存在です。

機械を使えば数秒で済む方向転換に、何十分もかけ、汗を流し、息を合わせる。しか
し、その「ままならなさ」こそが、人と人とを結びつける接着剤となってきました。
藤蔓が軋みながら巨体を支えるように、町の人々もまた、互いに寄り添い、力を逃が
し合いながら、困難な時代を乗り越えてきたのでしょう。

路地をゆっくりと進んでいく姿には、言葉にできない神々しさが漂います。

大地を軋ませ、町を揺らし、人々の魂を一つに束ねて進む二十トンの奇跡。能登の初
夏を告げるその地鳴りに耳を澄ませに、ぜひ七尾の町へ足を運んでみてください。そ
こには、教科書には載っていない、人間が生きることの原初の熱量が、今も変わらず
息づいています。