森佐株式会社

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スタッフブログ

スタッフブログ : スタッフから新しい商品のご案内や、日々の様子等をお届けいたします。

2014/07/15

石川の夏はお祭騒ぎでございます。

半纏 : 商品その5

先日の宇出津 あばれ祭からお祭漬けになっております。
石川県の能登から加賀まで端から端まで各地でお祭やってます。
今週も来週も再来週も…石川県はお祭騒ぎでございます。

 

今年もたくさんの町内会様、地域団体様、自治会様、保存会様のお手伝いをさせて頂きました。
お世話をさせて頂いた地域で、皆様と一緒に作った半天、ハッピを見ると私達も一緒に参加している気分になります。
半天を作る仕事をしていて一番気持ちいい瞬間です(笑)
それと、染めるのは半天ばかりじゃありません!!
能登のキリコに使う「幕」もいろいろお世話させていただいております。
染め抜きするものや金刺繍のもの、生地も綿や絹、羅紗なんていう高級素材のものも取り扱っております。
また、山車などに使用する金襴(金糸織生地)などもいろいろやってるんですよ。
お祭と言えば、祭礼幕(玄関幕)も町内会様、自治会様からのまとまったご注文から、個人様からの特注の祭礼幕も取り扱っております。
お祭用品各種お取扱いしておりますのでお気軽にお問合せ下さいね。

これからお祭騒ぎされる皆様、暑い夏です、アルコールばかりじゃなくちゃんと水分をとってお祭を楽しんで下さい!!

 

というわけで
7月後半戦に、半天本舗のスタッフが見に行こうかなぁ~なんて思っているお祭をご紹介します。

 

【輪島・名舟町の名舟大祭】 7月31日(木)
あの輪島の御陣乗太鼓のお祭です。
御陣乗太鼓とは、現在の珠洲市三崎町に上陸した上杉勢は、各地を平定し天正5年、破竹の勢いで名舟村へ押し寄せてきた。武器らしいものがない村人達は、鍬や鎌まで持ち出して上杉勢を迎撃する準備を進めたが、あまりにも無力であることは明白であった。しかし郷土防衛の一念に燃え立った村人達は、村の知恵者といわれる古老の指図に従い、樹の皮で仮面を作り、海藻を頭髪とし、太鼓を打ち鳴らしながら寝静まる上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は思いもよらぬ陣太鼓と奇怪きわまる怪物の夜襲に驚愕し、戦わずして退散したと伝えられている。
(御陣乗太鼓公式サイトより抜粋)

 

【天神講】
敷地天神講は、加賀市にある菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)の夏祭り。
神社創祀以来およそ千四百年続く大変古い神事で、江戸時代には大聖寺藩の藩祭として、藩主をはじめ藩内全住民がお参りしたといわれます。
現在では敷地天神講と親しまれ、毎年7月24日・25日・26日の3日間行なわれ、初日は茅の輪(ちのわ)神事。 マコモでできた大きな輪(高さ約2.6m)をくぐると、一年のけがれを落とすといわれています。
舞殿では、3日間とも氏子の少年による蝶の舞が奉納されます。
舞は「扇の舞」・「鈴の舞」・「蝶の舞」があり、総称で「蝶の舞」といいます。 加賀地方での稚児舞は、ここ菅生石部神社だけで貴重な舞です。
(加賀市観光情報センター KAGA旅・まちネットより抜粋)
お祭の詳細は菅生石部神社ホームページに記載されています。

 

【恋路火祭り】 7月20日(日)
能登町の恋路海岸に伝わる悲恋の二人を慰めるかがり火が、夏の夜空を赤々と燃え焦がします。沖に浮かぶ赤い鳥居の弁天島、美しい白砂の浜辺。恋の物語の舞台にふさわしく、この世ではかなわなかった二人を慰めるため幻想的な松明が灯り、勇壮なキリコが舞う。(能登町恋路)
(能登町ホームページより抜粋)

 

【松波人形キリコ祭り】 7月26日(土)
文化8年(1811年)松波袋町の若連中が張本となり、近くの若手と組して長さ6間8寸のキリコを買ってきて、ナカフクに狂歌・鳥羽絵などを描き、太鼓・笛・鐘などを打ち鳴らして若衆が威勢良くキリコを祇園祭に担ぎ廻った。文化10年から文政元年にかけて他町内にもキリコが出だした。キリコの浮字と紋は文政4・5年~7・8年に出始め、キリコの台飾りは文政12~13年頃から始まった。大正15年、電話が架設されるまで4間半から5間のキリコが出ていたが、その後縮小された。
(能登町ホームページより抜粋)

 

【どいやさ祭】 7月26日(土)
6基の袖キリコが太鼓や囃子に合わせて、担いで船揚場の波打ち際まで降ろし、2本の積棒(つんぼ)を袖キリコの台に差し込み、太鼓や囃子に合わせて持ち上げ、伝馬船に積み込むところが一番の見せ場。

起源については残されているものは無いが、当時の長老の話の中にも、伝馬船に乗せて、風に流された事などが書いてあり、姫漁協はイカ釣りが盛んで、北海道へイカ釣りに行くようになってから、祭礼の時期が変わった事なども書いてありました。また、祭りは海上の安全と大漁を祈願するものとも書いてあり、真脇も戦前までは袖キリコを出していたと聞いています。
小木、越坂もそうですし、旧小木町は袖キリコ文化圏だったと思われます。姫の袖キリコと小木、越坂の袖キリコは、形が少し違い、姫の絵は基本的に前面に描き、人物の背景の絵は、色紙を貼り、奥行きがあるよう遠近法で描きます。
1970年代、諸事情により祭が簡略化されていたが、2000年に地元の方々の努力によりもとの形に戻った。
(能登町ホームページより抜粋)

 

 

 

全部を見ることはさすがに難しいですが、まだ見ていない、見たことが無いお祭が石川県にたくさんあります。
ハードスケジュール覚悟で、ちょっと挑戦してみようかと思います。

半纏本舗スタッフより